井の頭恩賜公園のあゆみ|21話 |小金井と井の頭、上水沿いの花の行楽

『いのきちさん21号 2015年3・4月号』 連載《井の頭恩賜公園のあゆみ 21話》

毎年、誰もが気もそぞろになる桜の季節。今か今かと待ちわびるも、寒さがゆるんだだけでは蕾は開かず、お湿りあってやっと花はほころびます。今年の開花はいつになるでしょうか。

今回は、明治・大正時代の文豪・田山花袋の紀行文『東京と近郊』から、お花見の味わいについての記述を拾ってみました。

小金井と井の頭、上水沿いの花の行楽

小金井の桜は江戸時代から、もう人口に膾炙(かいしゃ)していた。昔の人も草鞋がけでよくそこに遊びに行ったものである。私なども汽車の出来ない以前に日帰りに其処に行ったことがあった。(中略)面白いもので、その時分は新聞の報道よりも、角筈新町(つのはずしんまち/現・西新宿)を流れる上水に花の流れて来る来ないに由って、花季の遅速を知ったものだ。『まだ花が流れて来ないから、大丈夫だよ』その近くに住んでいた伯母はこんなことを言って私達に話した、

小金井の桜の開花状況を、川の流れを見て知るとは、なんとも風流。
今はインターネットでそこここの花の様子が映像をともなって流れてきますが、趣には大きな差があります。

田山花袋が勧める小金井は、十八世紀中頃、八代将軍吉宗の治世に五日市街道沿いの玉川上水にヤマザクラが植樹され、桜の名所として知られるようになりました。
それに対して井の頭は、一本もなかったわけではないようですが、「桜が植えられたのは戦後なので、戦前には花見客はいなかった」という茶店の証言が『三鷹の民俗 七 井の頭』(三鷹市教育委員会発行)に出ています。

小金井の花に行く次手(ついで)に、是非井頭弁天に寄って見なければいけない。(中略)ちょっと猫の額のようなところであるけれど、池と、池に廬荻(ろてき)や葦(あし)や藺(い)などの生えているのと、池の水の澄んで綺麗なのと、池の中に弁天堂があるのと、大きな樹にかかって山藤の咲いているのと、何となく世離れた好い気分を起こさせるようなところである。

『東京と近郊』の発行は1916(大正5)年、井の頭恩賜公園開園の前年。
井の頭はまだ混雑知らずで、のんびりと春を迎えていたようです。

★冒頭の写真は、『江戸名所図会』の小金井の花見の様子です。こちらの[11]-37コマです。

※『いのきちさん』は株式会社文伸さんが2011年11・12月号から2017年11・12月号まで、井の頭恩賜公園100周年カウントダウン新聞として発行していたフリーペーパーです。井の頭公園の歴史について合同会社いとへんの安田知代が寄稿した記事を、こちらのブログに掲載しています。

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

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長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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