井の頭恩賜公園のあゆみ|23話 |時代を超えて踊り継がれる 「井之頭音頭」

『いのきちさん23号 2015年7・8月号』 連載《井の頭恩賜公園のあゆみ 23話》

夏といえば、盆踊り。井の頭公園の周辺地域では、「東京音頭」や「ドラえもん音頭」と並んで、「井之頭音頭」が今も踊り継がれています。

作詞は野口雨情。「七つの子」、「シャボン玉」、「赤い靴」などの童謡でも有名な詩人は、この地域に住み、公園にもしばしば訪れていたそうです。

時代を超えて踊り継がれる「井之頭音頭」

大正末期から昭和にかけて、自治体や企業などが地元PRのために歌を制作するのが大流行しました。観光名所、自然、特産物などを歌詞に折り込み、音頭調や小唄調のメロディーで仕上げた「新民謡」の数々が、レコードの普及とあいまって全国各地で生まれました。
昨今の「ゆるキャラ」「ご当地キャラ」の百花繚乱にも似ています。

そんな「ご当地ソング」のブームに応えた作詞家の一人が、野口雨情でした。
生地の北茨城市磯原町の記念館の「生い立ち&年譜」によると、雨情が手がけた新民謡は「全国各地で数百編」。まさに数えきれない多作だったことが分かります。

明治15(1882)年生まれの野口雨情は、紆余曲折の後、大正13(1924)年から20年、武蔵野市吉祥寺北町に暮らしました。書斎「童心居」は、自然文化園に移築されて今も公開されています。
武蔵野市立第一小学校では、雨情作詞の校歌が歌い継がれています。

雨情は、よく井の頭公園に客人と連れ立って、池の西北にあった茶店「明水亭」を訪れたそうです。そして、現在は藤棚になっているその場所の近くに、「井之頭音頭」の石碑が立っています。昭和27(1952)年、七回忌を機に、作曲家の中山晋平、森義八郎、作家の住井すゑらが雨情会を発足して建てたもので、刻まれているのは自筆原稿を写した5番の歌詞です。

ないて騒いで 日の暮頃は よしによしきり 離りゃせぬヨ

「井之頭音頭」が発表されたのは昭和10(1935)年。80 年も昔になりますが、今も変わらず「広い東京の 気晴しどころ ここは公園 井之頭ヨ」。

もうすぐ百周年の公園とともに、ご当地ソングも大切に伝えていきたいですね。

※『いのきちさん』は株式会社文伸さんが2011年11・12月号から2017年11・12月号まで、井の頭恩賜公園100周年カウントダウン新聞として発行していたフリーペーパーです。井の頭公園の歴史について合同会社いとへんの安田知代が寄稿した記事を、こちらのブログに掲載しています。

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

投稿者の過去記事

長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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