ほっとひと息、井の頭散歩|③きれいな水って?

月刊『ほっとメーッセージ 2015年12月号』 連載《ほっとひと息、井の頭散歩 EPISODE3》

前回、澄んだ水の復活を目指す「かいぼり」のお話をしましたが、「澄んだ水」ってどんな水でしょう?
ちょっと考えてみましょう。

「昔は水がきれいだった」と言われるけれど、

水がきれいな池って、どんな池?

井の頭池が濁ってしまった背景には、高度経済成長期(昭和30〜40年代)の急速な都市化がありました。
それ以前の井の頭池を知る年長の方々は、「藻がゆらゆらとするのが見えてきれいだった」とおっしゃいます。
「夏の暑い夜、こっそり池に入って泳ぐとね、手足に藻がからまってきた」……そんな話を聞かせてくれた方もいます。

では、もっと昔はどうだったのでしょうか。
前号でお話ししたように、江戸時代、井の頭池を源とする神田上水(現・神田川)は、江戸城の将軍をはじめ江戸っ子たちの水道でした。飲水としても生活水としても使われていたのです。

江戸時代の書物をひもとくと、井の頭池はこんな風に描写されています。

「蘆荻(ろてき)をも萱薄(かやすき)をも刈そげねば、池の面も半ばかりは、これがためにおほわれて、水を見る事少なし」(村尾嘉陵『嘉陵紀行』) 「池中も立枯の葦(あし)・葦(よし)の類多くして、ここちよく清流を見がたし」(十方庵敬順『遊歴雑記』)

こうした描写から、当時の池には鬱蒼と水生植物が生えていて、清らかな水はほとんど見えない沼地のような場所だったことが分かります。
水生植物は、水上に茎や葉を伸ばすものも、水面に葉を広げるものも、水中に生えるものも、どれも水中や水底の栄養素を吸収しながら水を浄化します。
江戸時代の池では、鬱蒼と茂る多様な水草と、そこに棲む多様な水生生物が水を清めていたのです。

長い年月を経て、人間の経済活動や消費活動の影響で濁ってしまった池の水。とりもどしたい未来の池は、どんな環境にあるのでしょうか。

今を生きる私たちの想像力と創造力が問われています。

※月刊『ほっとメーッセージ』は株式会社プロ・アクティブさんが毎月発行している情報誌です。2015年10月号から2016年9月号まで、合同会社いとへんの安田知代が井の頭公園について寄稿した記事を、こちらのブログに掲載しています。

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

投稿者の過去記事

長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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