井の頭恩賜公園のあゆみ|28話 |昔と今をつなぐ清らかな湧水

『いのきちさん28号 2016年5・6月号』 連載《井の頭恩賜公園のあゆみ 28話》

去る3月、多くのボランティアの力が結集された「かいぼり27」が終わりました。
池の水が抜かれ、あちらこちらに湧水がきらめくのが見られ、水質改善への希望が膨らみました。
かつては池全体が澄んだ水に満ちていた井の頭池。今回は、昔の七井橋の新聞記事を見ながら、湧水に思いを馳せてみましょう。

清らかな湧水が、昔と今を脈々とつなぐ

梅雨時の豪雨で、七井橋の橋ゲタが水中に隠れてしまうほど池の水が増えたという記事を投稿したのは、井の頭5丁目在住の土屋恂さん。
昭和20年代末はまだゲタ履きの人が多かったのでしょう。タイトルの「ゲタの音」と「橋ゲタ」の語呂合わせの粋な響きに、郷愁を誘われます。

井の頭池の全体の水量は、約6万1千トン。池が澄みきっていた昔は、1日に1万トン以上の水が湧いていたと言われます。
その湧水が減り始めたのは、昭和34(1959)年頃からで、昭和37(1962)年から4回、池が枯れる事態も起こりました。水位を保つために現在までに8本の井戸が掘られ、今は、ポンプで汲み上げた地下水約4千トンが毎日供給されています。
とはいえ、湧水量は昔の半分以下で、神田川に流れ出すスピードも緩やかなうえに、水を浄化する在来種の水生生物が劇減して生態系のバランスが崩れてしまったため、水が濁った状態が続いてきたのです。

井の頭池の水源となる地下水のかん養地域は西北方向約8.02㎢だと言われますが、かつては農地や雑木林が広がっていた地域です。「三鷹市内の水田で例年より1〜2週間遅れて田植えが始まった」という記事も、同年6月22日に土屋恂さんは投稿しています(「懐かしの吉祥寺 昭和29年・40年」に掲載)。地下水を豊かに育む田んぼも、当時はまだ残っていたのです。
その後も都市化は進み、地面に染み込む雨水量は激減し、その一方で水道水として汲み上げる水量は増え、結果、地下水位が下がって池の湧水量も減るという連鎖が進んだのでした。

「かいぼり27」後の井の頭池に、今年も梅雨の季節が訪れます。
水量、水質、そして生物や植物の様子も、みんなで見守っていきたいですね。

※『いのきちさん』は株式会社文伸さんが2011年11・12月号から2017年11・12月号まで、井の頭恩賜公園100周年カウントダウン新聞として発行していたフリーペーパーです。井の頭公園の歴史について合同会社いとへんの安田知代が寄稿した記事を、こちらのブログに掲載しています。

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

投稿者の過去記事

長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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