ほっとひと息、井の頭散歩|11 はな子さんの冥福を祈る

月刊『ほっとメーッセージ 2016年8月号』 連載《ほっとひと息、井の頭散歩 EPISODE11》

去る2016年5月26日、アジアゾウのはな子さんがこの世を去りました。
井の頭自然文化園には無数の花束と手紙が寄せられ、園長さんも「これだけ愛されていたことに驚いています」と。
今回は、はな子さんの生涯を振り返ってみます。

ゾウのはな子さんの冥福を祈り、

その生涯と歴史に思いを馳せる。

みなさんは、生前のはな子さんに会ったことがありましたか?

東京の西側にお住まいでしたら、遠足や家族連れで、またはデートで、子ども連れで……という方もいらっしゃるかもしれませんね。

はな子さんは、第二次世界大戦後、日本に初めてやってきたゾウでした。
戦争中、空襲時の万が一に備えて猛獣や大型動物の多くが殺されたため、戦後、唯一ゾウが残っていたのは名古屋の動物園だけでした。そして国際友好の象徴として、昭和24(1949)年にインドとタイからそれぞれ一頭が贈られることとなり、そのうちタイからやって来たのが、当時2歳だったはな子です。
名は、戦中に上野動物園で亡くなった花子にちなんでつけられました。

昭和29(1954)年に井の頭自然文化園に大歓迎されて移ってきて以来、はな子はここの限られたスペースで長い年月を生きました。
昭和30年代には2人の人を殺める事件があり、重いクサリをつけられてゾウ舎に閉じ込められ、人間不信で敵意に満ちていた時期もあったそうです。でも、飼育員さんの献身的な世話によって心を開き、やがて『はな子さんにおやつをあげよう』という触れ合いタイムまで行えるようになり、いつも温かく迎えてくれる優しいおばあちゃんとして親しまれるようになりました。
定期的に通うファンも多く、「不安なことも辛いことも、会うと乗り越えられた」と語る人もいます。

戦後の国際友好の象徴として日本に贈られ、69年の生涯を閉じたたはな子さん。
はな子さんが象徴していた「平和」を守ること、そして野生動物とのより良い共存の方法とはどんなものか……はな子さんへの感謝とともに、思いを馳せたいことが溢れてきます。

2013年に66歳を迎えて以来、神戸市王子動物園の故すわ子を越えて、国内最高齢に。去る2016年5月26日午後3時頃、ろうそくの火がすうっと消えるような最期を、上野動物園・多摩動物公園からも応援が駆けつけ、文化園のチームが心を込めて看取りました。

『父が愛したゾウのはな子』(山川宏治・著/山根静男・写真/現代書林)は、献身的な世話ではな子の閉ざされた心を開いていった山川清蔵さんの物語を、息子で、やはりはな子の飼育員でもあった宏治さんが綴っています。追悼の心で読み返したい一冊です。

※月刊『ほっとメーッセージ』は株式会社プロ・アクティブさんが毎月発行している情報誌です。2015年10月号から2016年9月号まで、合同会社いとへんの安田知代が井の頭公園について寄稿した記事を、こちらのブログに掲載しています。

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

投稿者の過去記事

長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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