ほっとひと息、井の頭散歩|12 北村西望の平和への思い

月刊『ほっとメーッセージ 2016年9月号』 連載《ほっとひと息、井の頭散歩 EPISODE12》

井の頭自然文化園にある彫刻園。動物園に併設されているのが、ちょっと不思議です。
この彫刻園が独特な雰囲気を漂わせ、ここにあるのはどうしてなのでしょうか。
連載の最終回、未来の平和を願いつつご案内します。

今、あらためて訪れたい。

平和への思いを伝えるアトリエ館。

長崎の「平和祈念像」といえば、毎年夏に平和公園での式典の様子がテレビで伝えられたり、教科書に写真が載っていたりするので、見覚えのある方が多いのではないでしょうか。

実は、この像の生誕地が、自然文化園の彫刻園にある「アトリエ館」なのです。制作したのは、長崎出身の彫刻家の北村西望です。戦後に長崎市から「原爆犠牲者の冥福を祈る記念碑を」と依頼され、原爆と平和と犠牲者の冥福の三つの要件を込めた神仏一体の聖晢の座像を構想し、「長崎が原爆を落とされた最後の地で、ここから平和が始まった」と「平和」を前面に押し出すことを主張して「平和祈念像」と命名したのも西望でした。

大きければ大きいほど世界にアピールできると考えた西望は、当時の北区西ヶ原にあったアトリエが手狭だったので、東京都に土地の提供を願い出ました。その背景には、西望が美術館建設を予定して購入していた土地が、戦後に公園地や学校地に指定されて東京都に買い上げられてしまっていた経緯がありました。「平和像は公共的性格のもので、単に私益のため作るのではなく、世界平和という理想を訴えるために作る。従って、東京都にこう願い出るのも、不当ではないはずと、私は信じた」と回想録『百歳のかたつむり』に西望は書き残しています。

全作品を都に寄付することを条件にこの地を借り、昭和28(1953)年にアトリエ完成。幾多の困難を乗り越え、昭和30(1955)年に巨像完成。空を指してまっすぐに伸ばされた右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を表し、歴史の重さを今に伝えています。

現在「アトリエ館」として公開されているアトリエは、建設当時に予算の都合で鉄筋が使えず、木造の建築基準で高さ40尺制限の条件下で最大の像が制作されました。ここで北村西望は、物資不足で石膏が足りなかった戦時中に自身が工夫して編み出した「石膏直付法」の手法で平和祈念像を制作。「彫刻館A館」に、長崎の像と同じ大きさの石膏像が展示されています。また、「アトリエ館」では作業台や道具の展示をはじめ、記録映像も見ることができます。小さな原型を徐々に大きくしていった手順もたどれます。

※月刊『ほっとメーッセージ』は株式会社プロ・アクティブさんが毎月発行している情報誌です。2015年10月号から2016年9月号まで、合同会社いとへんの安田知代が井の頭公園について寄稿した記事を、こちらのブログに掲載しています。

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