井の頭恩賜公園のあゆみ|29話 |戦争の傷跡

『いのきちさん30号 2016年9・10月号』 連載《井の頭恩賜公園のあゆみ 29話》

2016年は、アメリカ大統領オバマ氏が広島を訪問した年として、歴史に刻まれることになりました。
重ねて、8月の広島と長崎の原爆の日、そして15日の終戦記念日、平和への思いを新たにした人も少なくないでしょう。
井の頭公園も、戦争と平和について語り伝えるべきことの多い場所です。

戦争の傷跡を、そっと見せてくれる木々

アカマツに残されたハート型のくぼみ、ご覧になったことがありますか?
戦中に、松ヤニを採取した跡です。なんと松ヤニを軍用機の燃料にする予定だったというのですから、驚きです。ハート型が付いた木は、井の頭自然文化園の動物園内に、今も20本ほど残っているそうです。

そもそも戦中の昭和17(1942)年に開園した自然文化園は、人手や物資が不足し、当初の計画が大幅に縮小されて実現されました。翌年には、万が一の空襲に備えてホッキョクグマ1頭とニホングマ2頭とフタコブラクダ3頭の命を絶つという、苦渋の選択もせざるをえませんでした。

一方、三鷹駅の北側の中島飛行機や横河電機を中心とする武蔵野地区の軍需工場地帯は、昭和19(1944)年11月から翌年8月までの間に10回以上くり返し空襲を受けました。
井の頭池周辺も何度が爆弾を落とされ、文化園の水生物館脇で爆発したこともありました。少しズレて弁天堂に当たっていたら……と思うとヒヤっとします。

戦後、昭和23(1948)年には公園のプールの改修工事で数個の爆弾が見つかったり、昭和42(1967)年には水生物館の池畔近くで夜中に爆発があったり、昭和47(1972)年になって野口雨情の碑の近くにあった売店跡で爆弾が見つかって処理されたりもしました。

そして忘れてはならないのは、開園から戦中まで有名だった井の頭公園のスギ木立が失われたことです。空襲で亡くなった方々のお棺にするために、昭和18(1943)年10月頃から次々と伐採されてしまったと伝えられています。

ハート型の傷跡のあるアカマツ、そして池の周囲に何本か残されたスギ……戦争の傷跡をそっと伝えてくれる木々たちです。

※『いのきちさん』は株式会社文伸さんが2011年11・12月号から2017年11・12月号まで、井の頭恩賜公園100周年カウントダウン新聞として発行していたフリーペーパーです。井の頭公園の歴史について合同会社いとへんの安田知代が寄稿した記事を、こちらのブログに掲載しています。

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

投稿者の過去記事

長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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