井の頭恩賜公園のあゆみ|34話 |江戸時代の風景

『いのきちさん35号 2017年7・8月号』 連載《井の頭恩賜公園のあゆみ 34話》

去る6月10日、武蔵野ふるさと歴史館で催された講座「井之頭御林にみる江戸幕府の森林政策」で、幕末の井の頭の植生について学んできました。
お話は、国文学研究資料館の准教授、太田尚宏先生。現在日本が抱える森林問題への警鐘から始まる視野の広い内容でしたが、ここでは、幕末の植生に絞ってお伝えします。

幕末の井の頭の風景から、幕府の森林政策が見えてくる。

ちょっと想像してみてください……森の木の27%がクリで、25%がマツ。残りの4割がクヌギ・コナラ・シイ・カシ類・ケヤキなどの広葉樹。そして針葉樹のヒノキ・サワラが1割弱。それが幕末期の井の頭の「御林(おはやし)」の風景です。今と比べて、クリとマツの多さが際立ちます。

この樹種の記録は、吉祥寺村の名主の河田家の史料、安政5(1858)年の「字(あざ)井之頭惣木数扣帳(ひかえちょう)」に残されたもので、この植生から、幕府の植林政策が見てとれると指摘するのが、徳川林政史研究所で長年研究を重ねてきた太田尚宏先生です。

乱伐の時代だった戦国時代から江戸時代初期を経て、「林政」の理念が形成されてきたのが17世紀末のこと。
そして18世紀になると、伐採樹種を制限したり、全国的に植林が進められたりするようになります。
その植林政策で、「領主の木」として植樹されたのがヒノキ・スギ・サワラなどで、「庶民の木」として植樹されたのがクリとマツでした。「領主の木」は、城郭の修築や御殿の建設などに使われる質の高い建築材になります。一方で、クリは耐久性が高く腐りにくいため屋根の葺板や土木用材に適し、しかも果実は食べられるので凶作や飢饉の備えにもなる。マツは養分が少ない土壌でもよく育ち、枝は燃料の薪炭になり、大きく育てば桁や梁などの建築材になるのです。
「領主の木」を植樹しても自分たちの利にはできない庶民に、クリとマツを抱き合わせで植えさせることでモチベーションを与えるのが、幕府の林政の狙いだったというわけです。

井の頭の当時の風景も、そんな政策の結果だったのです。

さらに詳しく時代と植生の変遷を知りたい方は、「森林の江戸学Ⅱ」をぜひ。

上の写真は、太田尚宏先生の「井之頭御林と江戸・東京の水源」が編纂されている「森林の江戸学Ⅱ」(東京出版)。

※『いのきちさん』は株式会社文伸さんが2011年11・12月号から2017年11・12月号まで、井の頭恩賜公園100周年カウントダウン新聞として発行していたフリーペーパーです。井の頭公園の歴史について合同会社いとへんの安田知代が寄稿した記事を、こちらのブログに掲載しています。

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

投稿者の過去記事

長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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