発見いっぱい原田病日記|その2|ステロイド薬、飲み忘れないための私の工夫

2015年12月に原田病を発病してからの学びと雑感を記していこうと、去る6月に「原田病って?即入院って?」をしたためてから、かれこれ4ヶ月。
「その2」を書く機会を逸するうちに、2018年10月1日をもってステロイド投薬を卒業することとなった。

パルス治療を終えて2016年1月11日に退院するとき、「半年から1年くらい、投薬が続く」と医師から言われた朧げな記憶があるのだが、途中、すごろくの戻りや休みみたいなこともあり、結局なんと2年9ヶ月も投薬が続いたのだった。

「再発は2割。でも、それは統計上の話」と医師は言う。
自分にとっては、再発しないも10割、再発しても10割である。

投薬を終えた今、まずは強い薬で骨や筋肉が萎えてしまっているであろう自分のからださんに、おつかれさま。そして再発しないことを祈るばかりだ。

思えば、「飲み忘れない」ことに緊張する日々だった

薬を飲み忘れると、炎症が戻る可能性が高くなる。
だから、忘れずに薬を飲みつづけなければならなかった。

起床時、ステロイドによってダメージを受けているであろう骨を強くする薬を飲む。
それから30分は飲食はできないから、たいていは犬の散歩をして、そのあとで朝食。
そして朝食後にステロイド薬を飲む。
この2年9ヶ月、特に朝はこのリズムを守り、絶対に飲み忘れないようにしていた。
退院時に40mgだったステロイド薬「プレドニゾロン」は、最後は1mg。
昼食後と夕食後は、強い薬のダメージをやわらげるための胃腸薬だけだから、ときどき忘れることもあったけど。

飲み忘れないために、仕組みも作った。
薬を日分けして入れる、この薬袋だ。

検査と診察は、いつも月曜だった。
最初は2週間分、そして1ヶ月分、2ヶ月分…と次第に間隔を広げながら、次回までの薬が処方され、薬局で火曜分から月曜分まで買ってくるのが常だった。
それで、薬の日分けをするのはいつも月曜の夜だった。

袋に日にちを記しながら、1週間分の薬を朝、昼、晩と分けて入れておく。
あらかじめ曜日を記した袋に、そのときそのときに日にちを書き込むようにした。
こうすれば、「飲んだ?飲んでない?」とわからなくなっても、袋の曜日と日付けで確認できるというわけだ。

薬の袋詰めはシンプルだけど、ちょっと面倒な作業だ。
飽きないように、毎週月曜の夜はJ-WAVEの津田大介さんの番組を聴きながら、1週間分の薬詰めをするのを習慣にしていた。

こうして袋詰めした薬は、出かけるときに必ず持ち歩いていた。
万が一、大地震に襲われても飲み続けられるよう、外出時に飲む分に加えて、2〜3日分の朝の薬も入れておくようにしていた。
「お薬手帳」も、外出時は欠かさずにカバンに入れていた。
薬のせいか、極力無理を避ける生活をしていたせいか、足腰がだいぶ弱ってしまった。
ステロイドを卒業したとはいえ、しばらくは慌てずに新しいリズムを探りながら、引きつづき、わりあい好きなように暮らしていこうと思う。

ここに至るまで、免疫力の低い状態の私のために打ち合わせにご足労くださったり、打ち合わせの時間をラッシアワーから外してくださったり、エールを送ってくださったりと気遣ってくださった皆さま、心から感謝しています。

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

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長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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