歴史散歩|入間市にある優美な西洋館を訪ね、製糸業の隆盛期をしのぶ

西武池袋線の入間市駅から徒歩5分ほど、国道16号線に面した場所に「旧石川組製糸西洋館」があります。
1921(大正10)年頃のエレガントな西洋館は、生糸の商談を円滑に行うために外国商人を迎える場所として、石川組製糸の創業者・石川幾太郎(いしかわ いくたろう)が建てたものです。

建物は、1937(昭和12)年に石川組製糸が解散してからも石川家によって大切に保存され、2001(平成13)年に国登録有形文化財に指定、2003(平成15)年に入間市に寄贈されました。現在は第2・第4土曜・日曜を中心に一般公開されています(入間市の「西洋館の公開日」でご確認を)。

私はひょんなことから2017年と2018年と連続して蚕を育てる機会を得て(詳細は「お蚕さん日誌」をご覧ください)、養蚕や製糸にまつわる歴史にも関心を持つようになりました。今回、「旧石川組製糸西洋館」を訪ねてみたのは、そんな興味からでした。
公開日にあたる2018年10月28日(日)、気持ちのよい秋晴れの休日に出かけてきました。

優美な西洋館に、宮大工の細やかな技が光る

入間市民ではない私は地域情報に疎く、製糸業にまつわる西洋館が入間市にあると知ったときは意外に思いましたが、地図を見れば合点です。
入間市は、富岡製糸場のある上州と、生糸の輸出港だった横浜をつなぐ中間に位置します。ここに「迎賓館」を建てるのは道理にかなっています。
しかも入間市、狭山市、川越市あたりの武州も、当時は養蚕や製糸業が盛んだったのですから。

入間は、江戸時代には八王子の千人同心が日光東照宮火番勤務のために往来した道筋にあります。
幕末に生まれた石川幾太郎が、時代の変化を敏感に感じとり、教養を身につけようと努力し、新たな事業に果敢にチャレンジしていったのは、入間という土地で育ったからとも言えるのでしょう。

西洋館が建てれらたのは、石川組製糸の全盛期。
1893(明治26)年の創業から勢いよく拡大して全国に9工場を持つに至り、1922(大正11)年には横浜への生糸出荷高で全国6位になった、ちょうどその頃でした。

設計したのは、東京帝国大学で西洋建築を学んだ室岡惣七(むろおか そうしち)。
建築を担当したのは、川越まつりの山車も製作した宮大工の関根平蔵(せきね へいぞう)。

玄関の木部の彫りに和洋折衷の「西洋館」らしさが漂っていて、心うきうき、中に誘われました。

受付で「ガイドが先ほど始まったばかりで、2階に行けば合流できます」と言われ、まずは急いで階段を上り、大広間へ。

舞踏会にも使えるよう、赤い絨毯の下はコルクの床だという大広間。
美しいステンドグラスの一番右の模様は、地域名産のお茶の花と実。じつに可憐です。

西洋館の窓は、なんてロマンチック。
本館と別館の屋根が重なりあい、複雑な凹凸がリズミカルに見えます。そして洋瓦の渋い青が何とも微妙な色合いで、目に優しく映ります。

2階には二間つづきの和室もあります。
戦後、進駐軍に接収され、床の間がクローゼットに改造されているのも、歴史の跡。

2階のホールは、採光がよくて清々しい場所でした。ゆったりと長居したくなりました。

この西洋館は、床の寄せ木模様が美しいのも特徴です。
こちらは、1階の食堂の床。生糸のねじりを表しているとのこと。粋ですね。

 

優美な食堂でコーヒーを味わい、心晴れ晴れ

食堂でコーヒーをいただけるのも、この西洋館の魅力の一つです。
クッキーは、石川家ゆかりの方が営むお菓子屋さんのもの。手作りの素朴な味わいでした。

コーヒー200円、クッキー付きで300円、アーモンドクッキー付きで350円というお手軽価格なのもありがたく、ほっと一息。
西洋館の雰囲気を味わいつつ、解説ガイドブック『石川組製糸ものがたり』をじっくり眺めることができました。

表紙にある「おかせぎなさい」は、石川製糸工場で誰もが挨拶がわりに使った言葉なのだとか。
働く人同士が「お互いきつい仕事だけどがんばりましょう」という意味で使われていて、「ともに働こう」という気分が表れ、よい気持ちにさせられる挨拶だったと説明に書かれています。
うちの会社でも、合言葉にしたくなりました。気持ちが前向きになって稼ぎが良くなりそうです。

この解説ガイドブック、興味深かったので1冊購入しました。
石川組製糸の成り立ちから、工場の発展、キリスト教の影響や社会活動、女工さんの仕事と生活などが、多くの写真とともに紹介されています。

製糸工場で働いていた当時の女工さんについては、「女工哀史」として伝えられる悲惨な状況もあったようですが、石川組製糸では従業員を準家族として扱い、心身の修養練磨に必要な設備を置くことなどが家憲にうたわれていて、待遇は良かったようです。

歴史的な場所を巡っていると、女性の労働環境の悪さに気持ちがもやもやしてしまうことがあり、「歴史散歩|新河岸川の舟運巡り Part2 福岡河岸記念館で見たこと聞いたこと」にも書きました。
でも、この西洋館では、女工さんの寄宿舎ではご飯はおかわりし放題で、食事にカレーライスが出たこともあったとか、当時は珍しかった森永キャラメルを女工さんが電車の窓から子どもたちに投げてあげたこともあったとか、そんな女工さんたちのハイカラな一面も知ることができて、むしろ気持ちが明るくなりました。
加えて、創業者の石川幾太郎の弟で、家族にもキリスト教を広めた石川和助(いしかわ わすけ)が女性の教育や人権の問題にも目を向け、他の牧師たちとともに廃娼運動に立ち上がったことも知り、すごく嬉しくなりました。

この地域の養蚕・製糸業のこと、石川家のこと、これからぼちぼちと紐解いてみます。

西洋館について詳しく知りたい方は、入間市のWEBサイト「旧石川組製糸西洋館の世界」を。
公開日や写真撮影での使用については「西洋館の公開日」でご確認を。

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

投稿者の過去記事

長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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