発見いっぱい原田病日記 その4|あの幸福感は、ステロイドの仕業だった

原田病(はらだびょう)を発症し、私は2015年12月28日から2週間入院し、大量のステロイドを点滴で投薬する「パルス治療」を受けた。

その入院中、すべてがキラキラして見えていたことは「発見いっぱい原田病日記 その3」に綴った。

そしてなんと入院中から退院後しばらくのあいだは、視覚のみならず、心もキラキラとした透明感に満たされて幸福感でいっぱいだった。いま振り返ると不思議なほどに。

ひまにまかせて記していた「入院日記」には、「病気が、生きることの素晴らしさを教えてくれている」みたいなことが何度も綴られている。「幸せ」「至福」「感謝」「ありがとう」「安心」……といった言葉がやたらと散りばめられていて、読み返すと背中がムズムズしてくる。

いまになって振り返ると、あれはステロイドの仕業だったと思う。

すべてがキラキラして見えていたのが、点眼薬「ミドリン」の効力だったのと同じように……。

あれは、ポニョの世界だった

目覚めると、体中に心地よい笑いの振動の余韻が残っていた。

ちいさな白い光の粒々たちが手足を細かく素早く動かしながら、キャッキャッキャッ、ケロケロケロと笑いさざめき、すごいスピードで私の体を駆け巡る夢を見たのだ。

笑いさざめく白い光の粒々を見守るように、ほっそりと美しい観音様らしき女性がそばにいた。

あれは入院何日目のことだったろうか。
目覚めてしばらく、白い清潔なシーツに包まれて、ホーっと幸福感に浸っていた。心地よい細かな振動が、私の体を整えてくれるような気がした。

最近『崖の上のポニョ』のDVDを観て、「おー、これだこれだ、あのときの夢は!」と、そのイメージが蘇ってきた。
ポニョの妹たちが観音様のような“グランマーレ”の周囲を泳ぎまわっているシーンだ。
あの世とこの世の境目のような浮遊感のある美しいイメージは、まさにあのときの夢の光景と重なる。

入院中はベッドに横たわると、背泳ぎで水に浮かんでいるような感覚がして、浮かんでいる私の背中の下にたくさんのぷくぷくした天使がいて優しく支えてくれるイメージも脳裏に現れてきた。
「生きるって、実はこういうことなんだ! 私は脱力して浮かんでいればいいんだ!」……と、また幸福感にひたる入院生活。

ステロイドの副作用には高血圧、体重増加、ムーンフェイス、血糖上昇、感染症などと並んで、「精神障害(不眠症、多幸症、うつ状態)」もあげられている。私の場合は「多幸症」だったんだろうと、いま冷静に思う。

いつまで続いたか定かではないけれど……

入院中の「多幸感」は、退院してからもしばらく続いた。

「多幸感」を通りこして、ほとんど「万能感」が沸き起こっていた。
キッチンに立って煮物を作っていて、「あ、次はお酒ね」「はい、今度は醤油ね」と味付けの手順を思いつくだけで、「すごい、私、天才かも」くらいに高揚した気分になっていた。
いま思うと、「なんだったんだ、あれは」。
そんな手順、当たり前じゃん。

しかも自分の食事づくりの範囲内での「万能感」にとどまっていたらよかったのだが、「あれをやったら面白そう」「これを商品化したらブレイクするかも」などとあれこれ企画しては、あの方この方にお声掛けしまくってしまった。

「ひらめき」が降ってきて、「楽しそう」「きっとうまくいく」という思いばかりが先走り、地域通貨を立ち上げようとしたり、コミュニケーションツールとしてイラスト入りの封筒の販売を考えたり……。
あの頃、後先考えずにお誘いしてしまったみなさん、本当にごめんなさい。

針が振り切れて、常識の目盛りで物事が判断できない躁状態だったんです。

そう、あれは副作用だったのよ

ところが、退院して2ヶ月ほど経って3月になる頃には、多幸感より疲労感が勝るようになっていた。

日記にも「幸せ」とか「感謝」の言葉より、「体調悪い」「体が重い」「足裏がじんじん痛む」「不安」などの言葉が増えていく。わかりやすい変化である。

4月のある日の日記には、こんな風に記している。
「調子悪し。退院直後、早朝にスキっと起きれていた爽快感やひらめき感は、ステロイドの副作用だったのだろうか。」

今の私なら、そのときの私に断言できる。
「そうよ、副作用だったのよ」

おそろしいことに、躁状態の私は、買い物もしまくっていた。
「ステロイド投薬中は免疫力が低下しているから人混みに出かけるな」「出かけるならマスクをしろ」と医者から言われていた。「買い物はほどほどにしろ」とも忠告してくれればよかったのに。
いまの時代、出かけなくても買い物はできる。Facebookで友人たちが投稿している情報につられて、高価なオリーブオイル、写真集、布草履 etc.……私はいろいろ買っていた。
4月のある日の日記に、「家計簿をつけたら、入院後の自分のあまりの浪費ぶりに開いた口がふさがらない」と記しているほどだ。普段の2倍はお金を使ってしまっていたのだ。

ステロイド薬の減量にともなって、正気を取り戻したのは幸いだった。体調不良が続いたのは辛かったけど。
躁状態がもっと長く続いて、仏像だの羽布団だの仮想通貨だのまで買っていたら破産していただろうと想像すると、背中に冷や汗が流れる。

体質的にアルコールを受け付けないのでお酒で高揚する気分を味わったこともなければ、幸せな幻覚を得られる部類の薬を使ったこともない。
そんな私にとって、「何ものかによって意図せぬ次元で自分が変わる」という初めての経験が「ステロイドハイ」だった。

ステロイド治療を受ける人すべてに私と同じような副作用が出るとは限らないだろうけど、「もしかして?」と思う方はお気をつけて。
あるいは「あの人、そうかも?」という人が周囲にいたら、ぜひ注意してあげてくださいね。

《発見いっぱい原田病日記》
その1|原田病って? 即入院って?
その2|ステロイド薬、飲み忘れないための私の工夫
その3|入院生活すべてがキラキラしていたのは、なぜ?

安田 知代

安田 知代合同会社いとへん 共同代表

投稿者の過去記事

長年、フリーの編集者・ライターとして活動後、2012年から仲間とともに合同会社いとへんを運営。著書『井の頭公園*まるごとガイドブック』(2008年ぶんしん出版)、『懐かしの吉祥寺 昭和29・40年』(20011年ぶんしん出版)など。郷土史の小ネタを調べるのが大好き。目下、多摩の山々の歴史を探索中。2015年末に原田病を発症し、ステロイド投薬による免疫力の低い身体と仲良くする方法を模索する日々を過ごしている。

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